自動化こぼれ話(172)シミュレーション
山梨大学名誉教授 牧野 洋
コンピュータの中に実物のモデルを作って、いろいろな条件や入力を与え、その挙動を解析する手法をシミュレーション(simulation)という。スーパーコンピュータなど、コンピュータのハード・ソフト両面の進歩によって、(必ずしも世界一でなくても)大規模で綿密な解析がなされるようになった。
サッカーでは、シミュレーションは、うその物真似の意味に使われている。足を蹴られた時に、大げさに痛がって転がり、相手の反則を取ろうとする。これをシミュレーションという。これは悪い方の意味であるが、そうでなくても、シミュレーションは現物を100パーセント表わしてはいないので、これを信用しない人が多い。
ところが、そうした人達の常識を覆す素晴らしいシミュレーションが報告された。文科省の原子力安全委員会が作った“SPEEDI”というソフトである。これは、原発に何か事故があった時に、放射性物質がどのように飛散し、どの地域に拡散していくかをシミュレートするものである。
このシミュレーションソフトは東日本大震災の5カ月前に作成され、原子力安全委員会の中だけでなく、経産省の原子力安全保安院や東京電力にも報告された。しかし、これらの組織では、原発事故そのものが起り得ないものとして、サッカーボールのように一蹴されてしまった。
福島原発が爆発した時にも、このシミュレーションの結果は活用されなかった。危険地域は原発から10km、20kmなどと政治的に決められ、北西に40kmも離れた飯舘村などはむしろ安全とされたのである。その結果、危険区域の人達は、放射能で汚染された地域に仮設住宅を建てて移転したのである。
このシミュレーションの結果は極めて正確なもので、その後の汚染状態の実測と良く合っている。福島原発から見て北西の方向、飯舘村や浪江町の方向に放射性物質が飛んでいく状態がまざまざと示されている。これが正しく理解され、住民にいち早く広報されていれば、汚染被害も少なかったのではないかと思われる。
この例は、日本で科学技術というものがいかに軽視されているかを示すものである。技術の先進国と言われているが、その実態はお粗末と言わざるを得ない。
|