自動化こぼれ話(156)笛吹きケトル

山梨大学名誉教授 牧野 洋

 ヤカンの蓋が開けにくい、と女房が騒いでいる。このヤカンはいわゆる「笛吹きケトル」という奴で、湯が沸騰すると、その蒸気によって笛が鳴り、湯が沸いたことを知らせるようになっている。  蓋と本体との隙間がすかすかだと、蒸気が蓋を持ち上げ、折角の蒸気が洩れてしまうので、隙間のハメアイはきつめに取ってあり、そのために蓋が開け難くなっている。そのことは分る。

 しかし、それだけではないのである。

 この蓋の形状は円形ではなくて、実は楕円形なのである。 正確な楕円形ではないが、90mmに対して0.2〜0.3mmの(と思われる)半径差が作ってあり、長径方向が穴の長径方向と一致すれば蓋はすっと入り、長径方向が穴の短径方向を向けば蓋は入らないし、入っていれば抜けない。

 その証拠には、蓋のつまみは円形(回転体形状)ではなくて、長方形になっている。そのつまみの長手方向を本体についている取っ手と直角の方向に差し込めば(普通そうするわけだが)楕円の長径方向が一致し、蓋はわけなく入る。

 だから本当は正しいのは、ここで蓋を捻り、適当なしまり具合になるまで蓋を廻すことである。外すときには、蓋を緩む方向に廻して、それから外す。

 このような細工は、おそらく図面には描いていないと思われる。組み付けの最終段階で、どこかを叩くか、押すかして作っていると思われる。

 日用品には、ときどきちょっとした工夫がしてあって感心させられる。それに気が付く人には価値があり、気が付かない人には無用のものとなる。

 円に近い楕円は円ではない。楕円としての性質を持っている。そのことを知ることにしよう。