自動化こぼれ話(149)緩和曲線が足りない

山梨大学名誉教授 牧野 洋

 尼崎でJR列車の大きな脱線事故があった。

 テレビのニュース解説を聞いていると、車両の専門家が出てきて、原因の一つに「緩和曲線が足りない」と言った。それまでボヤっとニュースを聞いていた私は、この言葉を聞いて急に職業意識が湧いてきた。

 列車が直線部から急に円弧部に入ると、遠心力が急に働くので、横方向の振動が起こる。これを防ぐために、直線部と円弧部の中間に入れるのが緩和曲線である。この曲線としては普通クロソイド曲線が使われる。クロソイド曲線は曲線の長さ(線路長)に比例して曲率(曲率半径の逆数)が変化する曲線である。直線部の曲率はゼロ、円弧部はこの場合半径308メートルであるから、曲率が0から1/308(1/m)まで変化するクロソイドを「緩和曲線」として入れれば良い。それはどの位の長さになるか? この解説者は実際に尼崎のレールの上を歩いてみて、彼の経験からして足りないと感じたのである。どの位なら十分で、どの位なら足りないのか? たまたま手許にクロソイドの作図ソフトを作ってあった私は図を描いてみることにした。

 図は180°のカーブに対して前後20°ずつのクロソイド緩和曲線を入れた場合の曲線の形を示している。「20°のクロソイド曲線」というのは、クロソイドの始点と終点における(接線)方向の差が20°あるということで、直線側は曲がりが緩く、円弧側は曲がりがきつくなっている。緩和曲線を入れた分だけ円弧部は短くなり、図では70°+70°となっている。カーブが90°で右方に抜けるとすれば、円弧の終わりの部分にも緩和曲線を取らなければならないので、円弧部が50°、緩和曲線が20°+20°ということになるだろう。

 緩和曲線の角度を大きくすると、緩和曲線の長さが長くなって円弧部分が圧縮され、「緩和」曲線としての意味がなくなり(それでも良いと思われるのだが)、逆に小さくすると、遠心加速度の変化が急激になって、緩衝の意味が薄れる。いくつか図を描いてみた結果では20°前後がバランスが良いように思われる。「緩和曲線が足りない」という感想は、おそらく10°以下の緩和曲線しかなかったのであろう。いずれにしても、緩和曲線の長さを問題にするということは、遠心加速度の大きさのみならず、その時間微分を問題にするということであって、制御としては、より高度な制御が要求されるということである。

 ついでだから、最大遠心加速度の値も計算しておこう。このカーブは半径が308メートル、制限時速が70キロメートル/時である。この値から遠心加速度(=V2/r)を計算してみると、0.125Gとなる。Gは重力の加速度である。JRの責任者は133キロメートル/時で脱線すると言っていたので、これを計算すると0.452G、運転手が出したスピードは108キロメートル/時なので、これは0.298Gに相当する。たかだか制限速度の154%で脱線したことになる。あるアナウンサは「制限速度を大幅に超えて」108キロも出したと言っていたが、2倍や3倍のスピードを出したのならともかく、たった54%オーバーした程度で「大幅に」超えたなどと言えるのか? それよりも、たかだかその位のスピードで脱線するようなレールと車輪の構造が悪いのではないか? 脱線予定速度よりも2割も低い速度で脱線してしまったことのほうが余程問題である。今のレールは荷重が上から掛かることしか考えておらず、スピード時代の列車のメカとしては不十分なのではないか?