自動化こぼれ話(143)スライドには原点がない

山梨大学名誉教授 牧野 洋

 私はカムの研究から機構学の研究に入ったので、扱う機械要素にはたいてい回転中心があった。カムには回転軸があるし、レバーやいろいろなリンクにも、たいていの場合、穴があいていたり、ピンがささっていたりする。したがって、ベクトルの始終点をどこに取るか、などということで迷ったことはなかった。

 ところが、直動スライドを解くようになって、ハタと困った。スライドの位置の基準はいったいどこなのか。右端か、左端か、そてとも中点か? それとも、スライドを支えているブロックのどこかの点からのベクトルで示すべきなのか?

 要するにどこでも良いのである。全体が並進運動をしているので、問題は相対位置であって、絶対位置ではない。機械を作ってしまってから、「原点出し」と称して原点を決めている。こんないい加減なやりかたで良いのだろうか?

 そういえば、私の周りにもスライド的人間がたくさんいる。右から押せば左に動き、左から押せば右に動く。昨日まで戦争反対を叫んでいたと思えば、今日はイラク出兵を主張している。定見がない。こんな人間には、芯にベクトルを通す必要があるのではなかろうか?