常に進化する生産システムへの対応を考える

大阪大学大学院工学研究科 荒井 栄司(自動化推進協会理事)

当協会はものづくりの重要性と困難性は良く御存知の方々の集まりである。金ころがしなどはもっての外と確信されておられると思うが、最近の若者がそうでもないのを知って、改めて科学技術教育の重要性を考えている次第である。ものづくりの難しさの一原因は、対象が幅広く多岐に渡り、原理・原則は語られても、具体的成果を挙げるためには多くの試行錯誤が必要とされる事にも由来する。生産システムは従来から自動化・統合化・最適化を目指して、フレキシブル・リーン・アジャイルと名を変えつつ常に新しい概念を提案してきた。これが最も良い生産システムである、と言うようなものは存在してこなかったのである。常に変化し続ける生産システムが当り前で、そのための改善・改良・調整が行われ続けてきた。例えば、メンテナンスと言う意味も欧米では初期機能・性能の維持を意味するのに対し、我が国ではメンテナンスに改善・改良を実施して更なる高機能・高性能を実現しようとする。欧米では、これはメンテナンスではなく新規設計だと言われるまでを含んでしまう。

試行錯誤や改善・改良といった、常に変化する生産システムをつくり上げる努力は非常に困難である。しかし、それがものづくりにおいて常態化することで我が国のものづくり技術は向上してきたとも言える。この過程で、ひそんでいるノウハウ・技能を生産システム設計のための技術にしてきたとも言える。最近話題となっている第4次産業革命と呼ばれる動きは、ここに着眼しているのかも知れない。少なくともソフトウェアの観点から、こうした変化に伴なう技術の吸い上げを目的としているように見える。

生産システムの変化を効率化する方法を考える、と言う事自体が正しい事か否かについては議論があるかも知れない。しかし、ここに困難が存在し、多くの自動化技術者が効率的な方法を求めているのも事実である。変化はハードウェアとソフトウェアの組み合わせで実現するのが殆どの場合であろう。ソフトウェアはハードウエアの改善・改良に伴ない、ほぼ確実に修正される。最近では、このソフトウェアの修正・再開発の効率化が大きな課題となってきている。

ソフトウェアの効率的開発については古くから提案が多くなされてきている。その代表的な方法は、ソフトウェアの部品化と再利用技術である。実用化されている場合もあるが、この方法は限られた範囲で試みられてきた。現実的には、ソフトウェア開発が属人的側面もあることから、幅広く普及してこなかった。部品化するためには、部品としてのソフトウェアのプロファイルを記述する必要があるが、記述方法が属人化したり、限定分野や特定企業内になったりしたのが普及していない主な原因である。

生産システムを支える管理・制御等のソフトウェア開発の効率化やその流通にはプロファイル記述の標準化が必要であるが、プロファイル自体を規定するのは困難なので、生産のためのソフトウェアをプロファイリングする手法の標準化からはじめようとする動きがある。“生産ソフトウェアのケイパビリティ・プロファイリングの手法”と題された国際標準規格が、ISO 16100シリーズとして開発されており、現在までに合計6部が発行されている。更に、より具体化するための新たなISO 16300シリーズの開発が進められている。生産ソフトウェアのエンド・ユーザは、欲しいソフトウェアを、この手法に従って記述する。一方、生産ソフトウェア・ベンダは、開発したソフトウェアの機能等のプロファイルをこの手法を用いてデータベース化しておけば、ユーザの目的に合致するか類似のソフトウェアを見付けて提供する事が出来ると言う事になる。参照するのは、ソフトウェアの機能等のケイパビリティを記述したプロファイルであるので、ソフトウェア自体はブラックボックス化しておける。昔から開発の効率化に必要と言われてきたプロファイル化が、少しづつ前進しているのである。生産システム全般に共通な方法の提案であるため、幅広く有効になると期待される反面、多くの障害もあり遅々とした歩みになっているのも事実である。この動きを少しでも加速する努力に期待している。実は、この国際標準開発を呼びかけたのは我が国であり、その主導権を握っているのも我が国なのである。