いつも「無」を「有」に!!

(株)村上技研産業 代表取締役 村上 功(自動化推進協会理事)

学生時代、弱電コースを専攻しました。その中でも特に自動制御工学に関心を抱き、電気・電子の現象や理論を機械分野など他分野へ応用し、オートメーション化したいという願望で、プラント機械メーカに就職しました。 その会社では研究課に所属し、嬉しくて「さあ〜やるぞ!!」という思いでいっぱいでした。そこではセンサや電子回路の研究が主で、無我夢中で仕事したものです。

そこでは電子回路はアナログコンピュータや、シーケンス回路が主でした。

私が設計した回路で、プラント機械の体積は高さ8m・幅4m・長さ25mというデッカ〜イ機械をスイッチ操作で自動的に作動した時、技術屋になって良かったと感激したものでした。

更にデジタルコンピュータを独学で、ハード・ソフトと勉強しました。

昭和40年代初め頃は、まだデジタル技術は普及しておらず、今のようにCPU-ICがなく、論理回路(AND、OR、NOT)やメモリはシンプルICメモリやダイオードを使いました。ソフトは機械語で工夫したものです。

どうしても大阪に戻らなければならない自己都合があり、転職することになりました。そして専門学校の教授に就きました。

その内、電器会社から、教育用コンピュータの開発の相談を受け、前向きに取り組み、設計することになりました。自分でも不思議な程上手く製品として出来上がり、後に文部省推薦機になりました。

そうこうしている内に、電器メーカのラインの自動化、工作機械のオートメーション化、特装車メーカの搭載機の自動化、ベアリングメーカのラインの自動化などと多忙ながらも引き受け頑張ったものです。その頃徹夜の繰り返しで苦労の連続でした。

今でも過去を振り返りますと、会社創業・設立と三十数年経ちますが、最初の投資は「白い紙と鉛筆」でした。有難いのは、やはり周りの暖かい人に恵まれたお陰だと思っています。  現在は、FA分野、セキュリティ分野、計測分野の仕事をしておりますが、特にクリーン環境に関連する仕事に注力しています。

例えば、水素の火災検知、業界初で水素の洩れを光学的に検知できる装置はほぼ完成に近付いています。

私は、いつまでも挑戦を忘れることなく、やる気のある青春を忘れることなく、頑張って行こうと思っています。