ものづくりの人材育成

東京大学大学院教授 精密工学会長 新井民夫

1.はじめに

リーマンショックは実体経済に影響を及ぼさないなどと楽観していたら、製造業を直撃した。製造業がここ15年目指してきたのは、製品の販売量変動に対して迅速に生産量を調節できるシステム、Agile(*1)な生産システムである。在庫が積み上がれば、すぐに減産して対応する効果を発揮した。生産システム設計としては、正しい姿である。しかし、その対応の速さは派遣切りという形で社会を驚かした。結果として、若者の製造業離れ、工学部離れが一層加速する気がしてならない。

同じ思いは、精密工学会、日本機械学会、あるいは内閣府総合科学技術会議にもあり、対応策が検討されている。ものづくり人材育成は今や危機的な状況にあるといっても過言ではないのである。

2.人材分野の課題抽出

「ものづくりは人づくり」と言われるように、技能から先端技術に亘る全ての場合に人づくりが重要視されている。人材育成に関する専門家の意見は「人づくり体制が不十分」で一致していた。問題を整理するために、初等教育から製造業社内教育までの教育段階に分け、一方、内容を先端技術、基盤技術等に分割し、それぞれへの対応策を表1に示す。問題が複雑で絡み合っていることがよく理解できる。

3.課題とその対応

<小中高段階のものづくり人材の育成>
課題:理科系教育が不十分であり、特にものづくりに直結する物理の教育がおろそかになっている。

解決策:理科系の教育時間を増やし、高校では3教科(物理・化学・生物)を必修とする。同時に大学入試も理科系では3教科必須科目とさせる。

<大学・大学院におけるものづくり人材の育成>
課題:ものづくり系学科・専攻が減少、教育・研究者も研究費が来ないので減少。2030年を目指して、技能技術者とものづくり科学者の識別教育が必要。 解決策:今後必要とする技能技術者とものづくり科学者の必要人数を把握し、学校別に育成人数を割り振ると同時に、教育内容と講師の充実をはかる。ポスドクに長期インターンシップなどの社会経験をさせ、「ものづくり科学者」として養成する。教育の効率・質の向上のため、ものづくり教育に産学連携を導入する。

<企業における人材の育成>
課題:企業内教育が大きく減少。かつ、中小企業では企業内教育は困難。 解決策:職業能力開発総合大学校及び地方の職業能力大学校の更なる活用を計る。大企業の研修センターを中小企業でも活用できる様に国が支援を行う。

<社会におけるものづくり人材の育成体制>
課題:社会全体として「ものづくりはグローバルな競争力を有しているので、自由競争に任せればよい」と楽観視しているが、工学系離れ・モノづくり離れは強く、将来は暗い。
解決策:「ものづくり技術立国」を再確認し、その基での戦略的な人づくりをする。4大分野への研究投資と並行して「ものづくり分野」への教育投資、特に、基盤技術を文部科学省が教育として継続を支援する。

4.問題解決と自動化推進協会

ものづくり教育は高度経済成長期から継続して実施してきているように認識されているが、実際には空洞化が進んでいる。大企業でも社内教育の実施率は大きく低下し、大学教育でのものづくり関連学科は25年前に比較して半減している。特に、ものづくりの基盤技術(鋳造、鍛造、研削など)の知識再生産体制は弱体化している。 これらの課題に対して、対応策がゼロであったとはいえない。しかし、国が行ってきた多くの対応策は3〜5カ年のプロジェクトで、成果が出ないうちに中止になるため、大学あるいは社会への影響は少ない。結果として、皆が問題意識を持ちながらも、解決できないままの状況が続いている。

自動化推進協会はものづくりの人づくりの大組織である。それも上手に世代間技術移転を実務経験者が実施するきわめて稀な組織である。ぜひとも社会に役立つ活動をしっかりと続けていきたいものである。(以上)