次世代技術者養成のために
大阪大学大学院工学研究科マテリアル生産科学専攻 荒井栄司
このところ企業の同世代の技術者の方々と話をさせて頂く機会が何度かあった。皆さん、技術者として企業での中心的存在で、関心が若い技術者の育成に向いておられる。共通して、言いたい事が言える立場におられて、抱えられている課題も何かと共通している。一言で言うと若手技術者の養成が大変に困難だと言うことである。彼らを送り出すのは大学の役目であるから私どもに矛先が向かうかと言うと、数年前にはそういう事もままあったが現在は大学教育のせいばかりではない事も理解されておられる。大学で教える知識が足りないとか、体系化が出来ていないとかであれば大学で改善できるが、学生気質や企業内教育も含めた育成の壁があるのではないかと言う、個々の大学や企業を越えた深刻な問題・状況であると認識されている方が多い。最近ではマニュアル人間が多いと言うのも、マニュアルに書いてあることをちゃんとやっていましたと言えばそれ以上責任を負わなくて良いという若者気質が潜んでいることであり、技術者教育を深刻化している。
過去に大学を出た若手技術者の問題解決能力が問題視されたことがあった。問題が解けないと言うのである。解き方が分らない、知識が無いと言うのは、明らかに学生に対する知識の詰め込み方の問題であった。2007年問題が騒がれたが、あと数年すると円周率は3であると教えられた世代が大学生になるのであるから、201X年問題のほうが重要な問題になるかもしれない。それでも知識だけなら何とかする方法がある。実際、今の学生は問題解決能力に欠けると言われつつも良く聞いてみるとそうでもない。問題解決能力は持っている学生も多いのである。ためしに色々と問題を解かせてみるとちゃんと解けるのである。
しかし、それなら技術者の卵として大丈夫かと言うとそうではない。問題解決能力とは与えられた問題を説く能力を意味していることが多い、ところに落とし穴がある。自動化技術開発でも製品設計でも、要求を満足する問題設定や仕様定義が勝負であることが殆どである。ところがこの能力を有する技術者が少ないと言うことが上で述べた共通の問題のひとつであった。
設計では仕様が決まると設計が終わったようなものである。開発や改善では問題・課題が定式化できれば後は何とかなる、ことが多い。この能力をどうして身につけさせるかと言うのが技術者教育の重要課題である。
どうして教育しようかと言う前に、なぜこのように解決能力はあっても問題設定能力に欠ける事になったのかという事も議論の対象になった。結論のひとつは、やはり彼らの知識不足であった。例えば、自動化設備の開発に当たり与えた要求機能の実現は考慮されているが、設備の作り方、組み立て方が考慮されていない。特に、組み立てで各部品が相互に動きつつ組み合わせていくような場合に動きの考慮が出来ておらずにぶつかって組めないことがある。設備の使い方についても配慮が足りず、実稼動では予想外の事態を招く可能性が生じると予想できる。と言った具合である。これらについて技術者に説明すると、理解できて対処もできる。開発時にこれらの必要性を知らなかったと言うことが多くある。知識不足とはいえ、これらの知識は座学で教えるだけでは得られるものではない。今の技術者は体験で得てきたものであるが、大学でも企業でも、今後は教えるほうも教えられるほうも余裕が無くなってくるのではないかとの実感がある。
つまり、与えられた条件の中で、問題を設定すれば最適化までできる能力は持っている。知識不足からもっと多くの条件があることは思い至らない。また、問題は与えられることに慣れてしまっているので自分から設定する能力が磨かれていない。更に、これは最早一大学一企業で解決できる問題ではない。ここまではベテラン技術者共通の認識となった。しからば、どう育成するべきか。これは今後の議論にしようと言うことになっている。まだまだ議論の種は尽きそうもないし、これからの楽しみも増えそうではある。苦しみかな。
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