カム機構のルネッサンスを期待して

西岡機構研究所 所長 西岡 雅夫
(自動化推進協会理事)

昨年12 月、当協会北陸支部のお招きで、金沢と黒部でカムの最新事情をお話しする機会を得た。二日間で100 名を優に超える聴講者があり、大変盛会であった。筆者は年に数回東京、大阪、名古屋などで講演を行っているが多くても30 名程度の聴衆であるので、少々度肝を抜かれた。同時に澁谷工業とYKK の工場見学の機会があったが、相当高速化が達成されているのを拝見し、両社の技術開発努力の成果を肌で感じた。ボトルの充填については、以前はカム式インデックスによる間欠送りが業界の主流であったが、カムレールを用いて連続作業化され、2倍以上の高速化が達成されていたし、ファスナーの製造工程ではラチェットを使用して1,000インデックス/分以上の速度が得られているのは、想像を超えていた。

さて1970 年代初頭に、コンピュータとNC 装置が中小メーカにも手に届く価格で導入されて以来、当会名誉会長牧野先生の「自動機械機構学」の刊行もあって、わが国ではカムメーカが林立することになった。しかしながら1980 年代に入ると、サーボ系の技術革新は著しく、カムメーカはやがてカムがサーボによって駆逐されてしまうのではないかという危惧の念にとらわれていた。機構としてのカムはレオナルドダビンチに始まり、ニュートンの微分積分学によってカム曲線の基礎ができた。500 年間の歴史を持つカム機構であるが、エレクトロニクスの発展に飲み込まれるかと思われた。結果からみると今のところカム機構とサーボはうまく棲み分けしているように思われる。前者は高速固定サイクルの適用業務に活路を見出している。たとえば超高速の表面実装機や工作機械用のATC 装置が代表例であろう。エレクトロニクスの発展に比較すれば、カム機構の発展は遅々としているが、それでも最近の四半世紀で、新しいタイプのパラレルカム、純粋な転がりだけで機構を構成するPR(I Pure Rolling Indexing)CAM、遊星装置式インデックス機構、ローラギヤとバレルカムのハイブリッドカム機構、トルク補償カム機構などが出現している。またカム式のパーツフィーダー、球状接触子を持つカム装置が開発されている。

最近、技術者なかんずく機械技術者の質と量が問題になっている。高等教育、中等教育ともゆとり教育を標榜しているが、中身は手抜き教育ではないだろうか。かっては学部卒業に200 単位近くが要求されていたが、現在では120〜130 単位だという。しかもコンピュータやCAD 操作を取り込んでいるため、思考回路がブラックボックス化しているように思えてならない。こうしたなかでカムを専門とする大学の先生がいなくなっている。日本カム工業会は中国のカム研究会と合作を数回開催したことがあるが、講演者は日本が3人、中国が30 人というのが現実である。また国内の学会ではカムの論文が数年に一度出るかどうかである。カムをやっていた先生方はほとんど制御やロボットにテーマを変えてしまった。世界的に見ても最もカム関連文献が発表されるMMT 誌(註)ですら、カムの論文は数年に1編程度である。

これは危機的である。自動機なかんずく、包装機械にカム機構は不可欠である。筆者はカム機構の可能性に期待するとともに、この技術の世代間伝承の必要性を感じており、大学、学会その他の場で、カム技術の話をしてきた。さらに学校教育の場で経験のない、企業のカム技術者教育にもできるだけ協力をしてきた。

微力ながら昨年2,3 の新しいカム機構を考案したが、これも近いうちにご紹介したいと思う。カム機構の技術開発の歩みは遅いが、まだまだ未開拓の分野がある。老躯に鞭打ってしばらくはカムと付き合っていく所存である。若手の機械技術者が少しでも、啓発されてカム技術のルネッサンスを作り上げることを願っている。これが新年の夢幻に終わらないことを祈りつつ。

(註) Mechanism and Machine Theory: オランダのアムステルダムにあるElservier 社の発行する機構学専門誌