自動化こぼれ話(139)CDの音
山梨大学名誉教授 牧野 洋
LPのレコードが誕生したのは昭和30年(1955年)頃であったと思われる。この時、同時にハイファイマニアが誕生した。
ハイファイ、HiFi、high fidelity、高忠実度。録音された音を原音どおりに再生することをいう。LPが出来て、SP時代には思いもよらなかった“いい音”が聴けるようになって、マニアはこれに熱中した。その熱中ぶりは極端なもので、オーケストラの団員が譜面をめくる音やバイオリニストが弦の糸を切ってしまった音が聴こえるのが良いとされた。
こうしたマニア(何を隠そう、私もその一人だが)がレコードを買うときには、名曲名演奏というだけでは物足りなくて、名録音、つまり音も素晴らしいというのが条件になっていた。こうした名盤の数々、たとえばPCM(pulse code modulation)録音によるベートーベンの大公トリオなどはマニアの間では語り草になっている。
LPの誕生から数年遅れてCDが開発された。これは今迄のアナログ録音ではなくて、ディジタル録音なので音がいいというのが触れ込みであった。マニアは当然これに期待した。
しかし、聴けども聴けどもそこから流れてくる音は石を叩いたような乾いた音で、LPレコードの響きに酔わされていたマニアはこれに満足できなかった。これは石(IC)だからあんな音になるのではないか、とか、ビット数が足りないのじゃないか、とか、果ては規格を決めたソニーが悪いという説まで飛び出した。レコード雑誌の名録音推薦盤を買ってきても、どこかしっくりしなかった。
こういう状態が何十年続いたろうか。名曲喫茶ですらLPを全面的に取扱いの容易なCDに置き換えることができなくて、半分はLPを掛けているという現状である。
ところが、最近になって、これは素晴らしいというCDが現われた。ヴェトナム出身のピアニスト、ダンタイソンの弾くピアノ小曲集「ヴェネツイアの舟歌」である。ピアノの音が柔らかく高音まで伸びている。もっとも録音が難しいとされているピアノが豊かに響いている。これは名曲・名演奏・名録音の3拍子揃ったCDとして推薦できる。
このCDは日本製である。ビクターエンタテインメント製と書いてある。近頃評判の悪い日本の技術であるけれども、水面下では着々と進歩しているのだなと感じた次第である。
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