自動化こぼれ話(138)思い至る

山梨大学名誉教授 牧野 洋

 「スカラロボットはどうやって思い付いたのですか?」と時々訊かれる。

 うーむ、あれは思い付いたのではないな、と私は考える。それまで勤めていた会社をやめて、私が山梨大学に奉職したのが1966年(昭和41年)、谷口紀夫先生のご指導を受けて精機学会(現精密工学会)の中に自動組立専門委員会(現生産自動化専門委員会)を作ったのが1968年。

 この委員会の中では、当時日本で導入が始まったばかりの自動組立に関するさまざまな問題の議論が行なわれたが、その中でも大きく取り上げられたのが多種少量生産の自動化の問題である。フレキシビリティーとは何か。それはどうやって実現できるか。専用機をビルディング・ブロック・システム(BBS)化すればできるのではないか、ロボットは使えるか(当時のふらふらロボットが生産に使えるとは思えなかった。結局ロボットになってしまったが)そういう議論が延々と5〜6年続いた。

 それはロボットではなくてNCである。というのが私の考えであった。加工におけるマシニングセンタのようにNC+ATC(自動工具交換)の機能を持ったアセンブリセンタを作れば、それは必ずや多種少量生産の自動組立に役立つに違いない。そう思っていろいろな人に話をしたが受け入れられない。仕方がない。自分で作ろう。科研費で僅かな研究費を頂いたのを機会にNCアセンブリセンタの試作機(これは今でいうところの直交型ロボットである)を作ってレゴの玩具の組立の研究を始めた。これが2年。

 そうやって実験を行なっているうちに、どうもおかしいということに気が付いた。レゴは0.5ミリずれても入る。一方、 機械の分解能は0.01ミリで50倍の余裕がある。それなのに、10回に1回ぐらいは入らない。必要なのは位置決め精度ではなく、位置合わせ精度であるということが分った。

 そうかと思うとずれが0.5ミリ以下ならば何もしなくても押し込めば入る。はめあいのクリアランスは0.01ミリのオーダーなので、幾何学的には入らないのだ。

 もっと、はめあいの研究をする必要がある。こうしていわゆる軸穴挿入問題(Peg-and-Hole Problem)の研究に入った。これが2年。

 軸を穴にはめこむ時、心ずれがあると、力やモーメントがかかる。その大きさと方向を測定して、逆方向に心ずれを直せばよい。これがいわゆる力フィードバック方式。それに対して、機構の持っている柔らかさを利用して、こじれないようにうまく押し込んでしまおう。これがコンプライアンス方式。その時に、軸が傾くとこじれるので、傾きモーメントに対するコンプライアンス(ばね定数の逆数、柔らかさ)は小さくして、横ずれに対するコンプライアンスを大きくしたら良いのではないか。これが選択的コンプライアンス(Selective Compliance)の考え方である。

 それではそのような性質を持つ機構はどうしたら実現できるか。屏風型にしたら? ここまでが1年。

 こうしてSCARA(Selective Compliance Assembly Robot Arm)のアイデアは出来上がったのである。

 だから、SCARAは思い付いたのではない。10年のあいだ、悩み、考え、実験し、判断し、あれこれと試行錯誤の上でそこに辿り着いたのである。そう! 思い至ったのである。思い付いたのではなく、思い至ったのだ。